法要とは?

法要とはお釈迦様の教え=『法』の重『要』な部分を意味します。

 

西方寺三大法要

施餓鬼供養、十夜法要、御忌法要 を合わせた法要を西方寺の三大法要と定めています。


施餓鬼供養

 

特定の先祖への供養ではなく、いわゆる無縁仏や供養されない精霊など広く一切の諸精霊に対して修される法要です。

 

 ある日お釈迦様の弟子の尊者の前に痩せ衰えて喉は細く口から火を吐く鬼が現れ、阿難が3日後に死んで、同じような鬼になって生まれ変わると告げます。どうすればその苦難から逃れられるのか質問すると餓鬼は「餓鬼道にいる苦の衆生、あらゆる困苦の衆生に対して飲食を施しなさい」と言いました。阿難が早速その通りにするとその功徳により命は永らえ後に仏道を証得することができたことが由来とされています。


 

十夜法要

 

この世において十昼夜、善を行うことは仏の国で千年善行をすることよりも尊い、と言う教えに基づいて十昼夜「南無阿弥陀仏」とお念仏を唱えて、阿弥陀様に感謝する法要です。本来は十昼夜行う法要ですが、一日だけを念仏会の一つとして執り行います。

 

今から550年程前、 平貞国が世の無常を感じ、3日3夜のお勤めが済んだら髪を落として出家しようと決意していた3日目の明け方、貞国の夢枕にお坊さんが現れて、「阿弥陀さまを信じる気持が本当なら、出家するしないは関係ないではないか。出家するのは待ちなさい」とお告げをされました。貞国が思いとどまって家に帰ると、兄は上意に背き吉野に謹慎処分。代わりに貞国が家督を継ぐようにという命令が下っていました。貞国は、「自分が出家していたら家督を継ぐ者がいなくなって、家も断絶していただろう。これは阿弥陀さまのお陰だ」と感激し、あと7日7夜、合計10日10夜の念仏をしました。これが「お十夜」の始まりと言われています。

 


御忌法要

 

浄土宗の元祖であられる法然上人は、1212年1月25日、80歳で亡くなられました。法然上人の忌日法要を特別に「御忌」といいます。
800年以上経った今でも継続されてきた御忌法要は、浄土宗の歴史そのものです。法然上人が阿弥陀仏の誓いを信じ説かれた「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、死後は平等に往生できるという専修念仏の教えを受け、感謝の気持ちで南無阿弥陀仏と称えましょう


その他の法要

涅槃絵

 

西方寺ではお釈迦さまが入滅したとされる2月15日に合わせて涅槃図を飾り法会を行います。この「涅槃図」は、文字が読めない人々にも仏教の教えを説くことができるように釈迦の入滅の姿を絵に描いたものです。

お釈迦さまのお徳を慕い、報恩のための法要ですが、寺々で異なった涅槃図を飾っていますので、見比べてみるのも面白いと思います。

 

 

針供養

 

折れたり曲がったりした針に日頃の苦労を労い供養し、さらなる技量の向上を祈願します。最近では裁縫をする人が減り、以前のように針を納める方が少なくなっており、西方寺ではちびて使えなくなったり折れてしまった鉛筆の供養を同時に行っております。

針同様、日ごろの感謝を込めて大切に供養致します。

 

 

花祭り

 

花祭りとは、平たく言えばお釈迦様のお誕生日会です。お釈迦様は4月8日にお生まれになられました。お釈迦様が生まれる前、母親のマーヤーさんは白い像がお腹の中に入る不思議な夢を見ます。それから程なく、マーヤーさんは花の咲き誇る木の下で男の子をご出産されます。そのとき、不思議なことに天からは「甘露(かんろ)の雨」が降り注いだといわれます。そして赤ちゃんは生まれてすぐに7歩歩き、右の手で天を左の手で地を指して、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言いました。この赤ちゃんが成長されてお釈迦様になられたのです。花祭りとは、この日表現したお祭りです。祭壇をお花で飾り、お釈迦様に甘茶をかけます。甘茶はアマチャヅルから作られるお茶で、このアマチャヅルは頭にこすると元気な子に育つと言われたことから、花祭りは大切な子供の成長を願うお祭りでもあります。西方寺の催事の中でも和やかな、親しみやすいお祭りですので、どうぞ、お気軽におこしください。もちろん一般の方もご参加いただけます。色とりどりのお花を観て、甘茶を飲んで、和やかな雰囲気を味わいに来てください。(西方寺では3年に1度の開催になります)

 

年回忌法要

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